今、平成31年の2019年4月22日。
平成もあと8日で終わりとなりました。

現在四十代半ばの僕は、
昭和に生まれて平成で人生の若い頃から成人期を過ごしたわけですが、
ここ7年くらいでようやくちょっと人生が落ち着いたなぁ、と感じています。
(もちろん、まだまだ何が起こるかわからないのが人生ですが…)

平成が終わっちゃうのは、なんとも言えない感慨深さがありますね。

昭和から平成にかけて僕は、
西日本の田舎で生まれ育って大学生で関東にきて、
その後、紆余曲折あった後にサラリーマンとして働いた時期が長かったです。

2008年に個人事業主っぽくなったんですが、それまではサラリーマンです。
15年くらいですかね。

平成の終わりに
個人事業主っぽくなった頃は、上記の街で働いてました。わかる人にはすぐわかりそうですが(笑)

正直、脱サラ一発目は失敗しました。
で、しょうがなく個人事業主として仕事貰ってやってた感じですね。
その頃にFXもはじめました。

サラリーマン時代から脱サラしてFXやって、
なんとか今日までやってこれたんですが、
平成も最後ということで簡単に振り返りたいと思います。

脱サラに失敗して…

三十代も半ばになってきて、結婚もしてて(第一子の)子供もいた僕ですが、
当時勤めていた会社内でできる仕事がなくなってきました。

そして、社長に呼び出され…

「来年、契約しないから。今のうちに次のやること見つけて」とのこと。
(その会社は全員毎年更新の契約社員なんです)

というわけで、すぐに転職活動したらすぐ次の会社決まったんですが、
新しい会社が超零細ベンチャー企業で、たまたま僕の部署が超ブラックでした。

3ヶ月の試用期間を経て、あえなく契約終了に…
というわけで、僕の脱サラは失敗におわりました…(泪)

で、その後、前職からお世話になってた方に、
なし崩し的にとりあえずの仕事もらって個人事業主的になったんです。
(飲食系店舗の運営代行みたいな感じをやりました)

その時はじめた仕事場のすぐ近くに、以下の壁があったんです…
もぐろふくぞう
喪黒福造ですね。笑うセールスマンですね。

わかりにくいんで説明すると、
笑うセールスマンとかのキャラクターを使った商品の会社のビルがすぐ近くにあったんですね。

で、仕事場行く時に、毎日こういう壁を見るわけです。

「あなたのココロのスキマが見えますよォ。」とのこと。

改めて言われなくても当時の僕は、相当心に隙間風が吹きまくっていたと思います…
トホホ…

そしてFXを知って…

その時やっていた仕事(お店の運営業でした)は正直いただける賃金もかなり安くて、
結婚して子供も養っていかないといけない僕には将来が見えないものでした。

そんな時期に、その仕事場のバイトの大学生にFXを教えてもらうんですね。

僕がFXをはじめた頃の話から、FXでうまくいくまでの流れは、以下の経歴紹介を参照で。
参照:FXトレーダーオガタナオト・プロフィール

まぁなんというか…
捨てる神あれば拾う神ありで。

FXでビギナーズラックでけっこううまくいって、当面やっていける気持ちになったもんです。

その頃よく食べていたコンビニ弁当が、以下です。(クリックで拡大できます)
ポプラの弁当大盛り
ポプラというコンビニがあって、お弁当のご飯だけを注文後に入れてくれたんですね。
そして無料で大盛りにしてくれるという。

そしたら、超大盛りすぎて最初は驚きました(笑)

お弁当を横から見ると、以下です。(画像クリックで拡大できます)
ポプラの弁当大盛り横から
超大盛で、すごくお腹いっぱいになりました。

このポプラ弁当には、なんか元気をもらいましたねぇ。
今はもうこの場所にあったポプラなくなってました。切ないですねぇ。

いきなり交通事故にあって…

当時のその仕事場に行くのに、僕は中型バイクで通ってました。

そしたら、いきなりタクシーが突っ込んできて轢かれたんですよね。
事故です。

事故った直後、僕は道路にうずくまっていて、
乗ってたバイクがスライディングして滑っていくのを見た記憶が残ってます。

そして、左手が痛くてみると、いつもの場所に左手が無い。
ちょっと変な方向に曲がった場所で指が動いてて、変な感じでした。

で、救急車で搬送されて、入院です。
以下がその時の直後の写真。看護婦さんに頼んで撮ってもらった記憶があります。
(画像クリックで拡大できます)
FXナオト入院
折れた左腕よりも、打撲がひどかった左肩が数ヶ月ずっと痛みました。
痛み止めしないと眠れなかったです。

骨折
こんな感じで…

完全にもらい事故だったのが不幸中の幸い。
手術と数週間の入院、2年半くらいの通院治療リハビリとなりました。

入院中もFXを…

当時僕はFXを覚えたて(超初心者時期)だったので、
交通事故の入院中もFXの入門書とかを読んだりして勉強しまくりました。

そして…(ここだけの話)

入院中の痛みが若干落ち着いてきた後に、
外出して帰宅してFXトレードしてからまた病院に戻る、という荒業をけっこうやってました。
(当時wi-fiとか持ってなかったんです)

バレたら病院からも保険屋からも怒られますね(苦)

それくらい、FXでいける!って思いこんでたんですね。
懐かしい時期です。

骨折ボルト
骨折した腕は、ボルトを2本入れて固定。
1年後に再手術してボルトを抜きました。

2019年現在は、運よくお陰様でほぼ完治しています。

平成は、もがき続けてきたなぁ…

そんな感じで事故の怪我の治療期間もFXやったり仕事もしながらのらりくらりと。

FXできちんとトレードが安定するのには、
その後まだ期間がかかったわけですが、
交通事故があったことで、FXに時間とって向き合ったり、
FXで稼ぎまくってやる!みたいな気持ちになった部分もあったと思います。

人生の空白期間ができたというか、その期間に色々勉強できたんですね。

災い転じて福となす!
あれからだいぶたった今2019年4月だからこそ言えますが、あの頃は本当にもがいてたなぁ、と思います。

ここら辺の時期のことは、そういえば以下のブログ記事でも以前に書いてました。
参照:リストラされた後に、FXでお金が稼げるとわかった頃の話

僕にとっての平成は、本当にもがき苦しんだ時間の長いものでした。
でも、もがいたからこそ、今ようやくちょっと落ち着けたような気もします。

FX中心でやりながらも、家族のことも近くでみてられるという。
(というか、朝の保育園送り迎えやら色々毎日育児家事しまくってます…汗汗)

ナオト娘
当時のうちの長女です。この頃はこんな小さかったのに、今では小学校6年生です。

家族がいたからこそ、やらなきゃっていう使命感を感じてFXを勉強しました。
現時点ではうまくいってるので、それはそれでよかったです。

勤めてた会社で仕事がなくなりほぼクビになり、
その後、転職するも脱サラに失敗し無職になり、
しょうがないので自営業として仕事貰って薄給で仕事するも交通事故にあう、と。

そんな平成を過ごしてきたんですが、なんだかんだでFXに助けられました。
当然、ずっとうまくいき続ける保証も無いこともわかっていますが。

もがいてもがいて、なんとかなった平成。

令和になったら、もっと人に良いことをしていきたいなぁ、と思ってます。
スーパーボランティアのお爺さんのように。

令和に平和を。

FXも家事育児も、まだまだまだまだやっていきます。
そりゃそうですが。

そんな感じですね。